2011/04/26

被災地に行って思ったことなど(適当)

関係ないこともあります。

当たり前ですが復興は時間が経つにつれて進んでいきます。
僕が行った地域においても多くの家で瓦礫はすでに整理され、路肩に積まれていました。
未だに避難所生活を強いられている人々は別ですが、被災地以外の人はもとより、例えば今回僕が作業しに行ったような、家が半壊したけれど住み続けることが出来る被災者にとっても、震災の衝撃は薄れつつあるような気がしました。まあ推測でしか無いですが。
実際震災に関して言えば、誰を責める事も出来ず(僕は地震兵器によるものではないと踏んでいます)、起こってしまったことは元に戻せないので、結局のところ立ち直ってまた暮らしていくしか無いわけです。
今のところ余震がリマインダーとなっていますが、地震のことは忘れて暮らす方が精神的には良いのかもしれない。災害うつ病とかありますし…。

行く前にしていた勘違いとしては、
東北自動車道の地割れ←多少ぐらつく程度
宮城県壊滅←そんなでもない
気仙沼市全焼←そんなに広範には燃えてないし、沿岸部以外は割と普通
コンビニとかやってない←やってたっぽい
電気・水道がずっと止まったまま←復旧してた
余震がガンガン来る←少なくとも僕が行ってた間は1回あったぐらい
被災者は精神的に追い詰められている←少なくとも僕よりは明るかった
…などがあります。

地震の影響よりは津波の影響が圧倒的に大きく、東北地方の太平洋沿岸部が広く浅く破壊されたと捉えるといいのでしょうか。いかに浅くとも海岸線の長さ故に面積は広大ですが。
壊滅した地域を今後どう発展させていくのか、とかはひょっとすると僕も将来行政官として考えることになるかもしれませんが、もしかすると居住区として開発するのは難しいかもしれませんね。

学生団体は拡大するほどに人を指揮する立場の人間が増え、構成員であるというだけで不向きな人にもその任を託すことになり、しばしばうまく機能しませんね。
まあ今回僕が参加したところは一般参加者を募ることは初だったらしいので、今後改善されていくと思いますが、もう少しリーダーらしくあって欲しかったです。
人を指揮するのはいきなり誰にでも出来ることでは無いと思います。
その点、学生団体は構成員が学生という(多くの場合)成長途中の人間であるため、人を率いることに難があることが良くあるんじゃないでしょうか。
学生NPOの企画で去年夏にインドに行った時も似たようなことを思いました。
割と僕の好みの問題かもしれませんけどね(釈明)。

ちなみに周りに知ってる人がいない状況で集団生活をしたのは、先述のインド以来約7ヶ月ぶりでした。
僕はそんなにすぐに人と仲良くなれないし、短期間だと得てして仲良くなろうともしないのですが、最低限の社交性で以て作業には特に差し障りはなかったです。
その場限りの人間関係を構築することは自分から積極的にすべき程重要とは思えなかったので、たいてい一人で座ってぼーっとしてたんですが、しばしば(悪意なく)話しかけてくる人とは交流したりしました。
まあ短期間の生活に限った話じゃなく僕の社交性はこんなもんですけどね。
限られた日数では殊更難しい。
落ち着いた関係が好きなので、こういう場ですぐに仲良くなれるような社交性に富む人々とは本来的に相性が良くないのかもしれない。

そんな感じですかね。

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